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イメクラで教え子に出会う

高田馬場にTMファンタジーというイメクラがあった。
風営法改正で姿を消したが、いい店だった。
安いので毎日通っていた。
戸山口を出て、ブクオフ、コーヒー屋、その先のビル4F。

ある日、見たことのある女がついた。
向こうも私を見て、首を傾げた。
「どこかで会ったことあるね」
女が言う。

私は思い出していた。
高校で非常勤講師をしていたころを。
2年・・・何組か忘れたが、教え子だった。
向こうも気づいたようだった。
「先生・・・かな」

さあね、と私はとぼけた。
シャワーを浴びているときも、
女は薄く笑いながら「先生に似てるけどなぁ」という。
気のせいだろ、と私。

セーラー服の女をベッドで弄ぶ。
私が好きなのは女を後ろ向きさせ、
背中から抱いて胸をもみ、
ちんこを尻に押しつける姿勢。

女の息遣いがひどく荒くなった。
先生にやられているからだろう。
しかもイメージではない。現実なのだ。
女は股間のちんこをつかむと、
強引に膣に誘導した。
背面からのセックスとなった。

挿入したまま女を四つん這いにさせ、
バックからのセックスに及んだ。
半分中出しし、ぬいてから太腿にかけた。

さて話はここからである。
後日、教え子たちからクラス会の誘いの葉書がきた。
私は出席することにした。

教え子たちはみんな23歳になっている。
居酒屋で飲むうちに、ある女子がいう。
「先生のこと好きな子、いたんだよ、ねえキミ子」
キミ子はテーブルの端で目を伏せていた。
TMにいた女だった。

高田馬場の会社に勤めたというA子が言う。
「先生のこと、高田馬場でよく見るよ。ビルに入っていくでしょ」
あのビルに何があるの? という話題になった。
キミ子は顔を赤くしてトイレに行った。
「人違いだろ」と私。

あとから聞いたことだが、A子は男子に聞いて、
私が通うビルに風俗があることを知っていたのだ。
それが女子たちに伝わり、キミ子のことも噂になったと。
キミ子は、私とセックスしたことを自慢したらしい。
そのことがクラスメイトの間で凄まじく話題になったと、
ある教え子からの手紙に書いてあった。

「ショックです。信じられません」

それからも私はTMでキミ子を指名しつづけた。
あるとき、シックスナインで肛門をなめていると、
キミ子は私の一物から口を離し、
「すごく罪っぽい」とつぶやいた。
やがて何かがつらくなったのか、店を辞めてしまった。
TMではこれが一番の思い出だろうか。
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| イメージクラブ | 01:27 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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高田馬場さくら ―その光と影―

さくらは老舗である。
あまり宣伝しない店だが、長続きしている。
私がさくらに通っていたのは、
1988年の創業から1995年ぐらいまで。
高田馬場に行く用事が頻繁にあったころだ。

さくらは「眠れる美女」スタイル。
夜這い専科で、女の子のサービスは基本的にない。
だいたいの子は、ねだれば手コキしてくれるが、
してくれない、できない、という子もいる。

当然本番する子もいるが、少ない。
かつては17歳の子もいたが、さして意味はない。
見た目も体も20歳以上なら、実年齢に何の意味があるか。
17も18も同じだよ。

サービス悪いが、いい体の子がいて、
いま思うとシャラポアそのまま。もちろん日本人ですよ。
ただし性格がきつく、ちんこをまんこに押しつけただけで、
人でなし呼ばわりされた。

しかし体がよいので後日また指名し、
ちんこを太腿に押しつけ、だましだましまんこに近づけると、
「ヤダ!お客さん性器つける!」と怒鳴られた。
セイキには思わず笑ってしまったが、
これは彼女が真面目な子であることを物語っていた。

そんなことで怒るなら、この仕事はするなと言いたくなる。
しかし、さくらにはそういう子がいる。
それが店のウリなのだ。

素人の子が多いことをウリにしている店は多いが、
本当の素人は、痴漢されれば嫌がるのである。
知らない男にちんこを押し付けられれば、嫌がるのである。
しまいには怒るだろう。
上記のセイキつける!の子は、本当に素人だったわけだ。

ところで、さくらに行かなくなった理由。
街中でちょくちょく店長と会うので気まずくなったのだ。
もちろん会っても見て見ぬふり、黙ってすれちがう。
風俗は異世界、非日常。
日常の世界で非日常の異世界住人には会いたくない。

すれちがうだけならまだいいが、
あるメシ屋でついにハチアワセになった。
しかもトイメンの合い席。
お互いわざとらしく顔をそらし、そっぽ向きながらメシを食い、
逃げるように店を出た。

以後行っていない。
決して悪い店ではない。値段は少し高いと思う。
どちらかというと、老人向けの店である。
年をとると、女の肌に触れているだけで満足する。
ちんこが立つとか、精液を出すとか、あまり重要でなくなる。

年とるとそうなるよ、と若いときに聞いて、
そんなもんかなと、まったく意味がわからなかったが、
35歳すぎごろから、なるほどとわかるようになった。
女遊びだけは飽きないと思っていた若い頃。
しかし、やはり飽きるのだ。それがわかってくる。

飽きると、よけいなことはいらなくなる。
テクがどうとか、どうでもよくなる。
ただ女の体にからみつき、肌を入念にさすりながら、
ちんこをこすっているだけでいい。
延々と、延々と、それだけの時間があればいい。

男は出せばいいのだろう、
と若い女は思っているかもしれんが、
いくらなんでもそこまで単純な生き物ではないのだよ。
過程が大事。イメージが大事。
だからイメージクラブが不滅なのだなぁ。

| イメージクラブ | 04:22 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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大久保の「にんじん」 -制服向上委員会の先祖-

1985年ごろのこと。
川端康成の「眠れる美女」に出てくるような店が、
鶯谷に実在することを知った。
訪ねてみると、普通のマンションの部屋で、
脱サラ風の紳士がひととおりのシステムを説明してくれた。
「女の子はネグリジェを着てベッドに寝ています。年齢は秘密ですが、肌のきめで察してください。セーラー服も用意していますが、クリーニング代がプラスになります」
ライト1つの暗い部屋に入ると、小さな女の子が寝ている。
震えていた。
1時間いじくりまわし、太腿に放出した。

鶯谷の店に通いつめるうちに、同じコンセプトの店が、
高田馬場にもあることを知った。いまもある「さくら」。
「さくら」は1988年創業だが、
同じ頃に新大久保駅近くにできたのが「にんじん」。
喫茶店で夕刊フジを見たら、開店紹介レポートが出ていた。
「新しい風俗・・・イメージクラブ」といった調子で。
すぐに電話して訪ねると、水色の夏服セーラーがあるという。

夏服セーラーを初めて導入した店が「にんじん」だった。
値段は12000円、これは「さくら」よりリーズナブル。
鶯谷は年少の子が売りだが高価な上、手コキもできない子が多かった。
「さくら」も当時、完全な「眠れる美女」状態で不満があった。
「にんじん」は普通に手コキありで、満足度は高かった。

やがて「にんじん」は明治通り沿いのマンションに移った。
「ティラミス」という名前になったが店長は同じ。
脱サラ風ハゲ親父で俳優の斎藤晴彦に似た人。
地理的には不便になったが、いい女を揃えていた。

1993年頃だったか、「ティラミス」はまた大久保駅近くに移った。
電話で「ティラミスですか?」と聞くと「そうです」と言っていたが、
店に行くと「制服向上委員会」という名前になっていた。
斉藤晴彦はおらず、若い兄ちゃんが仕切っていた。
店の雰囲気も変わり、てきぱきとさばくタイプの営業になった。
「ティラミス」の素朴な、家庭的なムードはなくなった。
後にここが「すみれの会」になり、
「制服向上委員会」は八百屋の角を入ったビルに移った。

05年の風営法改正、「制服向上委員会」は早々と店舗を移した。
当初はそんなこと知るよしもなく、長く通ったあのビルが、
もぬけのからになっていて、しばらく愕然とドアの前に佇んだ。
あのときの空虚感。いったい何が起きたのかと。

現在「制服向上委員会」は、黒猫マークのホテルの近くにある。
受け付けてからホテルに行くシステムは、どうもしっくり来ない。
店舗型のよいところは、部屋に匂いがあることだった。
女の子の部屋に通っている感じ。ホテルでは味わえないファンタジー。
「さくら」はいまでもマンヘルスタイルらしい。
たまには行ってみるか。

| イメージクラブ | 22:22 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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