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大久保の「にんじん」 -制服向上委員会の先祖-

1985年ごろのこと。
川端康成の「眠れる美女」に出てくるような店が、
鶯谷に実在することを知った。
訪ねてみると、普通のマンションの部屋で、
脱サラ風の紳士がひととおりのシステムを説明してくれた。
「女の子はネグリジェを着てベッドに寝ています。年齢は秘密ですが、肌のきめで察してください。セーラー服も用意していますが、クリーニング代がプラスになります」
ライト1つの暗い部屋に入ると、小さな女の子が寝ている。
震えていた。
1時間いじくりまわし、太腿に放出した。

鶯谷の店に通いつめるうちに、同じコンセプトの店が、
高田馬場にもあることを知った。いまもある「さくら」。
「さくら」は1988年創業だが、
同じ頃に新大久保駅近くにできたのが「にんじん」。
喫茶店で夕刊フジを見たら、開店紹介レポートが出ていた。
「新しい風俗・・・イメージクラブ」といった調子で。
すぐに電話して訪ねると、水色の夏服セーラーがあるという。

夏服セーラーを初めて導入した店が「にんじん」だった。
値段は12000円、これは「さくら」よりリーズナブル。
鶯谷は年少の子が売りだが高価な上、手コキもできない子が多かった。
「さくら」も当時、完全な「眠れる美女」状態で不満があった。
「にんじん」は普通に手コキありで、満足度は高かった。

やがて「にんじん」は明治通り沿いのマンションに移った。
「ティラミス」という名前になったが店長は同じ。
脱サラ風ハゲ親父で俳優の斎藤晴彦に似た人。
地理的には不便になったが、いい女を揃えていた。

1993年頃だったか、「ティラミス」はまた大久保駅近くに移った。
電話で「ティラミスですか?」と聞くと「そうです」と言っていたが、
店に行くと「制服向上委員会」という名前になっていた。
斉藤晴彦はおらず、若い兄ちゃんが仕切っていた。
店の雰囲気も変わり、てきぱきとさばくタイプの営業になった。
「ティラミス」の素朴な、家庭的なムードはなくなった。
後にここが「すみれの会」になり、
「制服向上委員会」は八百屋の角を入ったビルに移った。

05年の風営法改正、「制服向上委員会」は早々と店舗を移した。
当初はそんなこと知るよしもなく、長く通ったあのビルが、
もぬけのからになっていて、しばらく愕然とドアの前に佇んだ。
あのときの空虚感。いったい何が起きたのかと。

現在「制服向上委員会」は、黒猫マークのホテルの近くにある。
受け付けてからホテルに行くシステムは、どうもしっくり来ない。
店舗型のよいところは、部屋に匂いがあることだった。
女の子の部屋に通っている感じ。ホテルでは味わえないファンタジー。
「さくら」はいまでもマンヘルスタイルらしい。
たまには行ってみるか。
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